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きもの豆知識№9 「小紋のお話し」

小紋というのは本来大紋に対応する言葉で、小さな文様を意味する一般的名称でした。

ところがいつかそれは極めて細かい文様を彫った型紙を用いて布面に片面糊置し、

地染めしてしあげるという特定の染物を指すようになりました。

今日のようにいろいろな柄や色調が生まれたのは明治になって合成染料が使われるように

なってからのことです。

きもの豆知識№8 「半衿のお話し」

江戸時代には一般庶民は綿入や袷の表着に黒襦子やビロードの掛衿をするのが

普通でした。今日半衿というと、主に長襦袢に付ける掛衿のことを指していますが、

江戸時代は長着であれ、襦袢であれ、本衿の上に掛ける掛衿はすべて半衿と言った

のです。それは、掛衿の長さが本衿の半分程度であったともいい、また半幅の裂を

掛衿として用いたためと言われています。

掛衿という風習がいつ頃から、どうして始まったかは明らかではありませんが、専ら

庶民が本衿の汚れを保護する実用目的によったものと思われます。

きもの豆知識№7 「附下げのお話し」

附下げというのは、絵羽付(えばずけ)を簡略にした訪問着に準ずる着物のことです。

従来、訪問着では白生地を裁って仮仕立てし、それに下絵を描いてから縫をほどき

染加工がなされる絵羽付となっています。

したがって、脇縫・衽付け・袖付け・衿付け等の縫目で模様が切れる事なく繋がる様に

いわゆる絵羽文様に染め上げられます。

附下げでは、この絵羽付けの手順を省いて仕立上がりの段階では、絵羽と同じ様な文様付け

となるように文様の位置や方向を考えて、反物のまま染め上げられますので、絵羽に比べれば

手間が省けそれだけ安価となり、しかも絵羽に近い趣きのあるところが附下げの特色です。

きもの豆知識№6 「浴衣(ゆかた)のお話し」

浴衣(ゆかた)は、湯帷子(ゆかたびら)の略で、この湯帷子は本来

湯あみの際に身にまとった衣のことですが、湯あみの後に身を拭い

汗取りに着た衣も同じように呼ばれました。

そうしたところから室町時代の末頃には「身拭」(みぬぐい)とも

呼ばれていました。

湯帷子は主として上級者のものでしたが、室町時代末期頃から一般にも

普及し、江戸時代には広く庶民にも用いられるようになりました。しかし、

庶民の世界では湯上がりの衣として用いられただけでなく、木綿の単衣

(ひとえ)という実用性によって夏の普段着として今日に至っています。

きもの豆知識№5 「紋付のお話し」

近ごろでは家柄だの、家名などということはあまりこだわらなくなりましたが、

戦前はそれゆえに悲恋や悲劇がおこるということもしばしばあり、小説や芝居

の題材ともされました。

日本で紋章と呼ばれる様なものがいつごろ生まれたかということは、はっきりし

ていませんが、今のところ平安時代中葉のころではないかというのが定説です。

公卿では色目や文様によって身分や位階が決まっていました。一方武家では戦闘

の際、敵味方の識別として旗印が用いられましたが、やがてそれが一族や一党を

示す印を附すようになり、家紋の成立になっていきました。